大判例

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水戸地方裁判所 昭和39年(ワ)53号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、被告高瀬の過失

原告は、水戸市棚町方面から南町方面に向い、軽四輪自動車を運転し、水戸駅前交叉点にさしかかつたとき、進路を指示する信号燈が青色を示したので、そのまま進行して交叉点の左側を通過しようとした。他方、被告高瀬は前記大型貨物自動車を運転して同市千波町方面からこの交叉点まで来たがその進路を示す信号燈は当時青色がなく、黄色のみで、これを示していた。

この交叉点は、交叉点といつても、棚町から南町方面に通ずる大通りは緩やかに右折するのみで、千波町から来る通りはその曲折点に南町方面に向う大通にほぼ直角をなして通じており、この道路と棚町方面への大通りの交点に駅前からの路が開けているのである。

およそ自動車の運転手たるものは、車の進行中たえず前方を注視し、他の人車の動静に注意し速度の調節、急停車、避譲の処置がいつでもとれるような用意を怠らず、事故が発生することのないように努める義務があることはいうまでもないが、まして、このように、自己の進路の信号燈が黄色を示し、他方原告の車の進路の信号燈が青色を示しているのであり、かつ自己の路は国道とはいいながら、市街地の大通りに横から出るような位置にあるのであるから、被告高瀬としては、棚町方面から来る車の動きには格別留意し、その通行を妨げ衝突、接触等の事故を起すことがないように注意すべき義務があるにもかかわらず、車を進行させて、その車を原告の車の左側後部に激突させ、その結果原告を負傷させるに至つたのである。

この事実によれば、本件事故は、同被告が前記の注意義務を全く怠つた結果とみるほかはなく、したがつて、同被告の一方的過失により発生したものと認むべきであり、この認定を左右すべき証拠はない。

三 原告の損害

(一) 原告は、衝突により、胸部、左背部、頭部挫傷、胸椎骨折等の傷を負い、意識不明となり救急車で病院に運ばれたのであるが、同日から同年七月一六日まで入院し、一部保険によるものを差引いて入院料、治療費(退院後のものを含む)合計一八、〇九四円、退院後も全快せず、痛みが去らなかつたので、同年一一月三〇日まで殆んど連日接骨医により、マツサージの治療を受け、その治療代三六、〇〇〇円、身体不自由のため附添の派出婦を雇いその報酬として三六、四五〇円の支出を余儀なくされた。

原告は、この事故前の昭和三六年度には、税務署に申告した確定所得額二四四、七九七円であり、右事故がなかつたならば少くともその額を下らぬ収入をあげ得た筈であるところ、この事故により主な働き手である原告が久しく床についたのみならずその後も十分に回復し得なかつたため、営業不振となり、同所得額は、昭和三七年度一五七、八七六円、昭和三八年度二七、三四九円に激減し、結局、この二年間において三〇〇、〇〇〇円を下らぬ営業上の利益を失い、これと同額の損害を被つた。

以上のとおり、原告は本件事故により合計四三三、五九四円の損害を被つたことになる。なお、原告は、入院中購入し使用した別表記載物件の出費も、この事故のための損害としてあけているが、これらは日常生活にも必要なものであり、単に入院をきつかけに購入したに過ぎないというべきである(ただし、傷の状況により、寝具等が汚損して普通に使用することが不可能となるなうな事情があれば、必要経費とみるべきであろうが、本件については、そのような事情は認められない。)から、これらは、事故による損害とはいえない。

(二) つぎに、原告の慰藉料の請求について考察するに、原告が本件事故により、前示のような負傷をし、退院後も久しく治療を要し、その間のみならず、その後も営業上多くの支障を生じていることは前示のとおりであり、また原告本人尋問の結果によれば、現在も完治するに至らず、時折苦痛を覚え十分の活動が不可能であり、妻子四人(長男は中学二年生)をかかえて親戚の援助を得て辛うじて生活している身であり、他方被告らは、事故が被告高瀬の一方的過失に起因するにもかかわらず、損害の賠償等事件の解決に何らの誠意を示していないこと(このことは、本件訴訟の経過に照しても明白である)が認められる。(太田夏生)

別表

品名

金額

一 魔法瓶

一二、五〇〇円(甲第六号証)

二 急須

一一二〇円(同)

三 湯沸

一四五〇円(同)

四 ふとん材料及び仕立賃一組

一四、四八六円(甲第七号証)

五 敷布

二一、一二〇円(甲第八号証)

六 敷布寝巻

三、二七五円(甲第二四号証)

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